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”家事と祈りと”

2016年9月7日水曜日

未分類

“祈り”は常に心地良いったらない。

 ―すべての生きとし生けるもの、すべての存在が常なる幸せに在られますように。。

 すーっと意識(魂)が天へ向かって上ってゆく――時空を超えて。まさにそんな感じ。それはまるで大いなる懐に抱だかれているかのようなこの上ない安らぎ、“至福”を感じるままに時の経つのを忘れ、ついつい日常事をなおざりにして没頭してしまうほど。

 祈り事最優先の暮らしぶりだった。そんな贅沢な至福の中にありながらも時折、ふと一抹の空しさに似た感覚がいつしか湧いて来るようになっていた。

 その空しさのような感覚――肉体の意識からだった。肉体を持つ者ならではの
“詫び”や“寂び”の感覚はともかくとして、祈り事の間は全霊(すべての意識)が充足感で満たされているように感じつつ、なおざりにされた日常事の“不十分さ”を肉体の意識は感じていたのだ。

 思い返せば。。その時々の私なりに、社会との接点を絶やさないために何かしら行動を起こし、何がしかの仕事に就いた。が、いづれの仕業も“本意”とは裏腹な想いが常にあった。所帯を構えて家事に従事しても、世話を焼くことに偏り過ぎて与る役目を気楽に勤しんできたとは言い難い。

 そう、いつもどこか“不十分”な生き様、仕業ぶりだった。

 過去も現在も少しも“不本意”などではなく、その時々に必要あって私に相応しい“分相応の務め”が与えられてきた。そしてなおも天の愛する存在たる人魂の、幸せを願う“祈り”は称讃され、こうして必要十分な恩寵を戴いている。にもかかわらず。。
 過去世から連綿と自分のしたいようにし、生きたいように生きて、授かる自由意思に胡坐をかく自己中心的わがままな生き様より醸し出される“空しさ”がそこにあった。

 まるで。。手を変え品を変えして育まれている。その細やかなお仕組み、お導きは真にありがたく、真に申し訳なく。。深く反省し改めることを決意する。

 家事も祈りも。。どのような仕業も、戴く日常事のすべてが魂(人)を磨き上げる鍛錬の一環なのだから。そう心得てより、今こうして臨む“日常事”すべてにおいて可もなく不可もなく、苦手意識や好き嫌いの偏りなく、凝り過ぎて気負わず、ごくごく自然に励めるようになれたことに心より感謝申し上げます。

 真にありがとうございます。

*あなたが常に幸せに在るために。。

  悪いことを行わない ー 物を盗まない、権利を侵さない
幸せの指針:「善い想念、善い行為のプロファイル」
http://www13.plala.or.jp/meishin-jyuku/heaven/heart-act.html


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人類総幸福化を願って・・

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