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今日のありがとう 言葉を超えて

2016年8月30日火曜日

未分類

言葉を超えて


「絶~っ対そう。あの人、私のこと悪く思ってる」私、分かるのと彼女は主張を強め、差し出した手でテーブルを「バン!」と叩くとそのまま投げ出すように置いた。


その様子に周囲は「そんなことないから」「そうそう、想い過ごしだよ」とか「気にし過ぎじゃない?」「まぁ~その辺はもう少し大らかに・・ネ」などと、勢い込む彼女を宥め賺した。慰めや見舞いの言葉にもイマイチ、本人としては合点がいかない。


当然、そうだろう。その“とらわれ”が解消されなければ納得できないはず。で、先ほどから“私の苦しみを聞いて欲しい”という捌け口を探す彼女の想いが飛んでくる。心が揺らいで、心なしか目もとが潤んでいるように見える。


 私はさしたる言葉もなく、ただ、“あなたが思うその想いにとらわれていては苦しいでしょう”と、テーブルに置かれたその手に、想いを込めて軽く抑えるように掌を重ねた。


別れ際、いつものエレガントな表情を見せる彼女に「お疲れさま」と手を振った。


正直なところ、愚痴に対しては“またか”という気持ちもあり、人の悪口は散々、過去世で経験してきたせいか、潜在的な“うんざり”感に繋がっていた。

 

前回、この一件(人から悪く思われたこと)で「辞めちゃおうかな」と言い出した彼女に対し、潜在的に“(イヤなら)辞めれば”という想いもあった。私自身が過去からそうして生きてきたことによる“想い癖”だった。


それが今回、“来た”と薄々感じていた。予見というよりも覚悟していたのかもしれない。


自らの想いに捉われている彼女を通じて、“イヤなら辞める”私が、否が応でも避けられない状況に自分を追い込んで“己の成すべきこと”を常に自覚する機会を戴いている。


人との関わりは、己の想念なりに厄介で億劫なこともある。面倒と思えば面倒、その“想い”なりに厄介事になり、余計億劫になる。“イヤ”と思うからイヤ、その“イヤ”な物事は常に起こっているから避けようとも避けきれない。なれば「当たって砕けろ」、真っ直ぐに真っ向から人へ、物事へ向き合うこと。その必要性は常に問われている。


「どうせなら、楽しくやればいいじゃん♪」

会えば朗らかに声を掛けてくださる方の、その決まり文句に一理あり。改めて、何気ない言葉が名台詞に思えた。

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人と人、数多の素敵なご縁に感謝あるのみ。

真にありがとうございます。


*あなたが常に幸せに在るために。。

  気の毒な者、弱い者に慈しみの気持ちがある

幸せの指針:「善い想念、善い行為のプロファイル」
http://www13.plala.or.jp/meishin-jyuku/heaven/heart-act.html

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人類総幸福化を願って・・

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